講演1 「日本のH2ロケット、日本の技術と水素社会の可能性」
東京理科大学 理工学部 機械工学科 教授
三菱重工業株式会社 宇宙事業部 元技術長 小笠原 宏 氏
講演2 「日本の日本の宇宙観光を担うプレーン開発と新タンク技術による水素社会実現へのスピンオフ」
東京理科大学 理工学部 機械工学科 教授
株式会社SPACE WALKER Co-Founder/取締役CTO 米本 浩一 氏
2021年7月は宇宙観光幕開けとなった。リチャード・ブランソンが7月10日、また20日にはジェフ・ ベゾスが宇宙旅行を行い、バージンギャラクティックは25万ドルで宇宙旅行の発売を始めている。そのような中、第4回目の勉強会は、宇宙観光と、水素ロケット、そしてそこから水素の活用についてお話を聞いた。
ロケットは水素で飛ぶ
小笠原氏は1988年に三菱重工に入社し、その後多くのキャリアを水素ロケットの開発をして過ごした。水素を使った初めてのロケットH1、続けてH2の開発、そしてH2A、H2B、今年はH3の初号機が飛ぶ。H2Aは2001年に飛び始めて、すでに43発打ち上げられている。液体燃料を用いるロケットが生まれたのは第2次世界大戦中のドイツだ。その技術は日本にも入り製造も行われていた。武器にも使われるロケットは、責任投資の観点から投資対象銘柄にできるかどうか慎重に見る必要がある産業だ。第2次世界大戦後に研究は一度ストップするが、1950年台に東京大学を中心に科学技術の目的で観測用の固体ロケットが開発された。1980年台になって現在の潮流となる液体酸素と液体水素による2段ロケットの国産開発が始まった。
日本初の水素ロケットH1は1段目が米国製だったが、その後100%国産になったH2ロケットではコストダウンを実現したH2Aロケットが売れるようになった。それでも競争が厳しくなり、さらにコストダウンを目指したH3の初飛行が今年予定されている、その年に小笠原氏は定年退職し、東京理科大学の教授となった。「人工衛星を持っている国は50ヵ国以上ある。最近小型衛星も安くなり、大学でも取り組んでいる。ただ数トンの実用衛星を打ち上げられる国は、日・米・欧・ロ・中・印などに限られる。宇宙に行く手段と宇宙を使う手段と両方持っているのは大事な立ち位置にいるといえる」と小笠原氏は語る。
1980年代以前の米・ソによる冷戦時代は、偵察衛星が多く打ち上げられていた。当時は光学カメラで撮影したフィルムを落とす方式で、なるべく低いところで撮影する必要から高度100K、200K程度に打ち上げすぐ空気抵抗で落ち、量多く打ち上げる必要があった。時代とともにプレイヤーも変わり、米国ではここ10 年民間企業Space X社などが台頭している。打ち上げ数は民間と政府で半々で、国別にはここ数年中国とアメリカが増えている。
コスト競争を戦いながらも、H2Aロケットは一定の評価がある。その理由は高い打ち上げ成功率だ。95%を超えれば一流というところで98%の成功率を誇る。小笠原氏は、三菱重工時代、この信頼性をどうやって高めていくかに尽力していた。「地道な活動によるもの」というが、例えば製品の信頼性を高めるために2σのトレンド評価をしている。ロケットを構成している部品、部品を組み合わせたコンポーネント、サブシステムを出荷、組み立て、また種子島に輸送した段階でテストし5回前に行ったテストと6回目に何か違いが出ていないか…などをしらみつぶしにみていく。燃料を送るバルプの閉開速度がミリセカンド変わっていないかなどをみていく、今はAIも組合せコストダウンを図っているそうだ。
参加者から色々な質問が出た。「もし原因が見つからなかった時はどうするのか?」小笠原さんは「なんとかして解決する。解決しないで飛ばすことはない」とキッパリと答えた。また「やはりAIなどを用いて、トラブルを見つけたりするのか?」という質問にも当然そういった取り組みをすでに行なっていると述べた。
水素の未来
水素は、ロケットにはなるべく軽く、高速で噴き出る燃焼ガスが良く、そうすると元素番号1番の水素を液体状態にしたものと、液体酸素の組み合わせが、一番効率が良い。また水素は、燃焼してもCo2が出ないということから、昨今注目を集めている。しかし実は扱いは非常に難しい。なんといっても液体状態を保つためにはマイナス253度においておくしかなく、気体状態で液体時と同じ体積にしようとすると、1000気圧をかけないといけない。そして分子のサイズが非常に小さいため漏れやすく、発火しやすい。それでも新しい燃料として三菱重工ではガスタービンでガスの代わりに水素を用いるタービンに力をいれ、日本製鐵でもコークスの代わりに水素を使って鉄を還元する方法を探ろうとしている。
小笠原氏は、このH2ロケットが培った水素の技術の今後として、人工光合成と磁気冷凍、複合材タンクに興味を持っている。
水素は気体になると物凄く体積が大きくなる。しかし液体に留めるには極低温にする必要がある・・・。すると完璧に保冷できるか圧縮して詰め込める強靭な素材が必要になる。ロケットは多くの燃料を積む必要がありタンクは大きなものとなる。打上げの能力を上げるには少しでも軽く作らねばならない。実は水素航空機の研究は1980年代からされていたそうで、問題はタンクだったようだ。複合材タンクだと1割から3割程度軽くすることができるそうだ。
また磁気冷凍については、ガスは前述のように液化して運ばないと効率が悪いが、液化にもコストがかかる。そこで、文科省では液化効率を高める研究に予算をつけているそうだ。これは磁石を用いて行うのだが、この分野は今後伸びると小笠原氏は期待している。人工光合成だが、植物はCO2を光合成によって還元し酸素を作りだすが、それを人工的に行うことで水素を作るという試みだ。この方式だと太陽エネルギーを用いてCO2を出さずに水素が作成できる。コンセプトはともかく開発には少し時間がかかりそうで、2040年ごろの商用化が目指されている。理科大の光触媒研究センターでも取り組んでいるそうだ。こういった技術開発・研究も、ロケット開発の周辺で盛んになり始めている。
日本の強みは?
参加者からはまず、日本のこの分野の技術の国際競争力について質問が出た。小笠原氏は「自分ではどこが優れているとか言いづらいが・・・」と言いながら、水素というものは分子が小さいためよく漏れ、それを防止するための配菅のつなぎ方とか、圧力とか、色々なノウハウが蓄積していると思う、と答えた。
他の参加者が、「こういった高い信頼性を確保するには素晴らしいノウハウをチームで貯めこまれたと思う。ただこのようなノウハウで、他の分野との提携は官庁を含め重要な課題になっていると思うが、課題解決のためにいかに周りのチームと連携していくかというのが課題になったことがありますか?」という質問をすると、小笠原氏はもちろん官庁主導のそういう活動もあるし、自ら違う産業と一緒に研究をしたり、三菱重工では700種類ほどの製品を作っているといわれる。こうした別の製品分野の人たちとも情報交換すると説明した。
勉強会の後、複数の参加者から思っていたより日本がアドバンテージを持っていると感じた、という感想が寄せられた。実際のクオリティ向上のための具体的な取り組みに、少なからず感銘をうけたようだった。
技術開発・研究は相互に影響を及ぼす。また最先端では未だ高度なノウハウが必要となる技術があり、その蓄積には10年、20年とかかるものだ。宇宙に関する事業には、そういったものが様々なところで支え合っている。それらは必ずと言っていいほど、再生エネルギーや、インフラ等で身の回りでも役だっているようだ。そうなると産業や企業の成長には、先見性と根気のある取り組み、またそれを理解でき支えることができる社会、金融が構築できるかどうかに、かかっている。
我々もこのような個々の技術へ理解を深めるだけでは難しいが、長期の技術へのそれぞれの取り組みを有機的に統合させ、メトリクスをもって投資判断に適用できるよう、さらに議論を行なっていきたいと考えている。
宇宙を誰でも行けるところに
米本先生も、1980年から川崎重工、文部省宇宙科学研究所への出向、宇宙開発事業団が主導する日本版スペースシャトルHOPE/HOPE-Xの開発への参画など、ロケット開発を続けてきた。再使用型観測ロケット実験機RVT開発への参画を最後に,2005年から九州工業大学の宇宙工学部門で教鞭をとられながら、JAXAとの共同研究などを続けた。2019年に東京理科大学に移り、同時にサブオービタルフライトのベンチャー企業のCTOを担っている。
理科大発ベンチャーである「スペースウオーカー」は、宇宙を、宇宙飛行士でなくても行けるところにすることを目指し、2017年12月に設立された。実際にサブオービタルフライトを行うスペースプレーンも開発する。これには大きな資金が必要となるため、資金調達に向けた活動にも力を入れる。
スペースウオーカーの事業計画は、2025年に高度100kmを超える無人のスペースプレーンを、2027年には小型衛星を打ち上げる事業を行い、2030年からは有人のサブオービタル宇宙旅行を実現するというものだ。
ところで、リチャード・ブランソンやジェフ・ ベゾスが行った宇宙とは、ちょうど宇宙との境目と言われている高度100kmぐらいのところだ。地球の半径(6,360km)からみると、りんごの皮ぐらいかもしれない。それでも地球の重力に引き寄せられ落ちることなく、地球を回り続けようとすると、秒速7.9kmで打ち上げる必要がある。この速度を得るためには、現在の最速のロケットでも、自分の体重の6.5倍くらいの重さの燃料が必要となる。H2-Aロケットは292トンだが、うち250トンが燃料ということだ。(飛行機の場合は総質量の約30%が燃料)
この高度100kmを目指すスペースウオーカーのスペースプレーンは、空気抵抗を無視すれば,1.5km/sの初速があれば良いと計算している。設計の終わったテスト機では、打ち上げ質量が18トンで燃料は12トンとなっている。ところで、逆に地上に戻る時、高度120kmから再突入すると、6Gぐらいの力がかかり、座席等の工夫が必要だと米本先生は考えている。
持続的な宇宙輸送
米本先生が重視しているのはロケットの再利用だ。「今の日本の基幹ロケットは使い捨てだが、再使用にすれば価格破壊が実現できる。使い捨てロケットには海洋汚染の問題もある。再使用型は持続的な社会インフラとなるだけでなく、信頼性、安全性の意味でも有人宇宙旅行に適している」と語る。
スペースウオーカーが建設中のスペースプレーンの推進薬は、液化天然ガスと液体酸素の組み合わせだ。液化天然ガスの主成分はメタンで、牛糞から得られるバイオメタンを液化して生成する。航空会社が現在燃料から発生するCO2を抑制する取り組みを行なっているが、スペースウオーカーは最初からこれに取り組む。この液化天然ガスは、北海道のエアウオーター株式会社が提供する計画となっている。
スペースウオーカー社はいま川崎重工業、IHI、IHIエアロスペース、アイネット、東レ・カーボンマジック、JAXAともパートナーシップを結んでおり、2030年以降はサブオービタルプレーンだけでなく、月、火星にも行ける輸送手段を実現するというビジョンも掲げているが、重要なのは再利用だ。
「飛行機の開発費はボーイング787で3兆円ぐらいと言われているが、我々が往復数十万のチケットで海外にいけるのかというと、約20年くらい使用し、その間2万から5万回飛行するからだ。」と米本先生は強調する。H3ロケットは,開発費1900憶円ぐらい。前述のように燃料の割合は非常に多いため、飛行機のようにはいかないところもあるかもしれないが、再利用が価格破壊を実現するのは米国のSpaceX社などもすでに実践をしている。
様々な課題に挑む
商業宇宙輸送を実現するためには、法律の課題もある。そこで米本先生らは3年前、商業有人サブオービタル宇宙輸送研究会というのを立ち上げた。ここに関連省庁やJAXA、航空宇宙機メーカー、スペースポート、北海道宇宙科学技術創成センターにメンバーとして加わってもらい、日本で商業宇宙輸送をするための課題等について議論を行なった。その結果を自由民主党の宇宙総合戦略小委員会に持ち込み発表を行なった。自民党の後押しで、内閣府、国土交通省が中心になりサブオービタル飛行推進に必要な制度整備のための法制化に向けた官民協議会が設置された。
スペースウオーカーは当初米国で飛行実験を行おうとしていたが、ロケットであるため色々と難しい規則等の問題があったそうだ。そこにドイツの航空宇宙センターDLRが興味を示したことから、一緒にワークショップなどに取り組み、結果的にスウェーデンで飛行実証実験を行うことになった。その前に、まず2022年に北海道でヘリコプターを使った予備飛行試験を行い、2023年には全機の地上燃焼試験を行なってスウェーデンに輸出、2024年に最初の飛行実証実験を実施するという計画になっている。
次にスペースウオーカーにとって重要なのは燃料タンクだ。前述のように機体のほとんどを燃料タンクが占めるので、これをいかに軽量に作るのかが鍵となる。スペースウオーカーは、強度や軽量化を実現する“複合材料”タンクの屈指の技術を持っている。
水素社会の到来を支える技術に
スペースウオーカーはバイオメタンと液体酸素を燃料とするロケットを開発中だが、スペースウオーカーの技術は今水素タンクとしても注目されている。水素は、分子量が非常に小さいため、樹脂の間を簡単に潜り抜けてしまう。スペースウオーカーは粘土結晶を利用したバリア性のある炭素繊維強化プラスチックを開発し、日米で特許を取得している。また複合材製の超高圧水素ガスタンクの研究も長年行ってきている。現時点ではスペースウオーカーが1,000気圧という超高圧水素ガスタンクをつくれる唯一の国内メーカーである。この技術は水素ステーションなどでも利用が期待される。また軽さが求められる液化水素船、水素飛行機などへの応用の計画も進められているそうだ。
水素は,マイナス253℃近くで漸く液化する。1,000気圧をかければ内容量としてはガス水素でも液体水素と同じくらいの量になる。ただし,1000気圧の複合材製の超高圧タンクの壁は厚くなるため、今度は軽量化が難しい。誰が最初に複合材料で少しでも軽いタンクを提供できるのか、という中で「スペースウオーカーは負けていない」と米本先生は力強く語る。特に酸素については、あまり研究が行われておらず、スペースウオーカーの液体酸素の複合材タンクはグローバルでもレアだそうだ。(液体酸素をロケットに積む場合、アルミタンクなど金属しかないと言われているようだ)水素の軽量な複合材タンクの技術は、これから水素社会への移行に伴いますますニーズが増すだろう。タンクの軽量化は輸送費を下げ、日本のようにグリーン水素を国内で安価で作るのが難しい国にとっては大変魅力的な技術だ。
宇宙の技術とビジネス
サブオービタルフライトも、この7月に2件成功したあと、報道等で言われていたのは、この方式はサブオービタルを旅行するだけではなく、NYCからシンガポールとか、地上の2点間を非常に短い時間で移動する手段としても考えられている。しかし参加者からのこの質問に米本先生は当初少しネガティブだった。
「初めから2点間の飛行であれば、純粋なロケットエンジンよりも空気を吸い込みながら飛ぶようなエンジンのほうが向いている。今の開発は最終的には月、火星に行こうとしているが、まずサブオービタルで・・・という設計なので」これについてはスペースウオーカーのCEOが補足をしてくれた。「技術としてはそうかもしれません。しかしビジネスとしては、宇宙空間を経由して地上の高速2点間移動が行われる一歩になると思います。スペースウオーカーの場合も、今のロケットの技術のままではありませんが、将来新たな技術を組み込んだりして月や火星だけでなく、P2Pの移動も将来のビジョンに入っています」 参加者の多くが責任投資原則に署名をしている長期投資やESG投資を目指す資産運用会社であるため、実は誰もが気になっている質問が次に出た。
「これらの技術は、いわゆる軍事的な技術からどこまで自由にできているものなのか、今後商業展開で制約はないか、あるいは軍事もあわせた公的機関の需要がないと難しいものなのか?」これに対し米本先生は即座に「国だから軍事ということはないです。航空宇宙は軍事とかなり密接に技術開発が進歩してきたのは事実ですが、今我々が取組んでいるものは、軍事的な要素は一切ありません」と述べた。ただし続けて「ただこれを防衛で使う可能性が将来的にないわけではないです。もし政府が必要とすれば、ぜひ使って欲しいです。民間事業がより活性化し、民間の利用にもいい影響があります」と話した。
最後に参加者の中で資産運用会社も年金基金も経験した年長の投資家が「事業を展開していくうえでどのように投資を集めているか」と質問した。米本先生は「宇宙一本だと息の長い投資になるので難しいところがあります。投資したら5年後とか10年後に成果を出さなければなりません。水素タンクとか、一般の製品で売り上げを徐々に上げていくという話をすると、それであれば投資しやすいという声もあり、宇宙用に研究開発してきたもの、特許があるもの、競争相手が少ないもので、水素ステーションや液化水素船、水素飛行機に係る技術で利益を上げていこうと思います」と答えた。
今月も、ジェームス・Tカーク船長を演じたウイリアム・シャトナーがブルーオリジンで宇宙旅行をした。我々がスペースウーカーで宇宙旅行できる日も近そうだ。