(こちらは、スチュワードシップ研究会のブログに掲載した記事を再掲載したものです)
昨年12月に発表された「資産運用立国」の実現に向けた政策プランには、官民連携して新興運用業者に対する資金供給の円滑化を図る目的の新興運用業者促進プログラム(日本版EMP)が盛り込まれている。同プランには他にもNISAやiDeCoといった個人の資産運用や個人年金の抜本改革、金融教育や中立的な投資助言などの見直し、資産運用会社・アセットオーナーのガバナンス改善や体制の強化などが挙げられている。少子高齢化が進み、国民年金や厚生年金だけで豊かな老後を送ることは難しいということから、国民に投資への意欲を持たせ、一方で国内の資産運用業を強化するという取り組みだ。後者では、日本版EMPのほか、参入要件の緩和、一方で大手金融グループにおける運用力向上やガバナンス改善・体制強化、またアセットオーナーに対する取り組みとしてアセットオーナープリンシプルの導入も取り組まれている。
これらの多くは新しいものではない。2023年の4月まで、過去4年間連続で発行されていた「資産運用業高度化プログレスレポート」(日本の資産運用業の課題を厳しく分析・評価。2022年版にはESG運用に対する監督上の期待も掲載された)でも、日本の資産運用業活性化に向けここであげられたことは言及されており、特に独立系の運用会社が海外に比べ極端に少ないこととその重要性についても示されていた。金融庁は日本版EMPの取り組みが発表されるとすぐに、各金融グループに新興運用業者を積極的に活用した運用を行うことを要請、対応方針を発表するよう求めた。6月7日金融庁は、求めに応じ対応方針の発表を行なった金融機関の「EMPに係る取組」を一覧化し、そのHPで公表した。
金融庁の提唱してきた資産運用業界の高度化
前述の資産運用業高度化プログレスレポートでは、日本の資産運用業の課題を、“多くは金融機関の系列で独立系が少ない”、“パッシブ運用が圧倒的で運用会社の収益が低くなりがち”であること、その結果”資産運用会社に期待する企業価値の発見や、投資先企業に対するエンゲージメントによって価値向上を求める役割が十分に果たせていない”、という指摘を行い、新興の運用会社の支援や、グローバルの運用会社の更なる参入を促す政策が必要と述べている。
この“独立系が少ない”ことがなぜいけないのかについては、一般的には系列の金融機関と顧客との“利益相反”の危険性の指摘がある。ただ資産運用業高度化のコンテキストの中で、”投資先価値向上を求める役割が十分に果たせない”とする要因は、むしろ金融機関の子会社であるため系列の中だけで運用をし、それが海外に比べ運用規模を小さくし、競争を十分に機能させない可能性ではないだろうか。資産運用会社が金融機関の子会社であるというのは日本に限ったことではないし、逆に金融機関にとっては資産運用部門は必要だ。問題はそれしか選択肢が、お互いないということだ。その結果運用の多様性も生まれにくくなり、企業価値向上のための強力なエンゲージメントを行う動機も、高まりにくくなるのではないか。
運用者のその後のキャリアが少ない日本
「XXXアセットマネジメントを離れることに決めた。知人とファンドをたちあげることになったから」というような連絡を、海外の投資家から受けとることは珍しくない。そして彼らの多くは、ESGやインパクトといわれる独自の評価手法やデータを用いた運用にチャレンジしたりする。資産運用のアントレプレナーたちだ。なぜ国内ではそんな独立系のファンドが、同規模の海外市場に比べ圧倒的に少ないのか。
資産運用業の支援事業を展開している野村総合研究所では、独立系運用会社が日本でも輝くにはどうすればいいのか、どんな国内固有の課題があってそれが難しいのか(我々に何かできることはないか)を調べるためのリサーチプロジェクトを昨年10月から実施している。具体的には国内で(主に)日本株でアクティブ運用を行う独立系運用会社に参加をしてもらい、海外でファンド設立に成功したとか、そういったファンドを支援しているといった関係者をスピーカーとして迎えワークショップを行っている。海外の関係者とのディスカッションの中で、自分たちの本来の強みはなにで、国内にない制度やサービスはないか、何をすれば独立系が活動しやすいのかを一緒に考えようというものだ。この議論の結果を定期的にレポートとして公表し、政策に向けたアイディアの提供や、市場関係者の議論の活性化にも貢献しようとしている。
最初のスピーカーとなったマイク・ルブラーノ氏は、15年以上前カルパースのEMPプログラムでファンドをスタートした。IFCでコーポレートガバナンスの専門家であった氏は、カルパースの「新興国における中小型企業に投資をし、ガバナンスを向上させて企業価値を高める」という投資手法に関心をもった。まだ国内でそのような投資を聞いたことがなく、カルパースが取り組むならそのうちニーズは高まるのではないかと考えた。そしてその投資に取り組み、やがて新興国ブームに乗ってファンドは大きくなる。失敗談なども織り交ぜながら語るルブラーノ氏に、同様の取り組みが国内ではほとんどあり得ないことを改めて残念に感じた。
新興/独立系を相手にしないアセットオーナー
今国や金融庁が日本版EMPをかかげ、その取り組みを”金融グループ”に要請するほどこの部分に力を入れているのは、何よりもそれによって日本の資産運用業をより活性化させたい、ということだろう。前述のアセットオーナープリンシプルの原案をみると、原則3では、「運用を金融機関等に委託する場合は、利益相反を 適切に管理しつつ最適な運用委託先を選定する」ことを求めている。そしてその補充原則では、「運用委託先の選定に当たっては、過去の運用実績等だけでなく、投資対象の選定の考え方やリスク管理の手法等も含めて総合的に評価すべきである。 その際、知名度や規模のみによる判断をせず、運用責任者の能力や経験(従前の運用会社での経験等を含む)を踏まえ、検討を行うことが望ましい。例えば、新興運用業者を単に業歴が短いことのみをもって排除しないようにすることが重要である。」と記載されている。国内の独立系がルブラーノ氏のようなチャンスに恵まれないのは、逆に言えば日本のアセットオーナーはここまでいわなければならないほど、新興/独立系のマネージャーを採用しないということがある。
もちろん運用会社を信用するというのは、大変なことだ。独立系だから多様性が期待できる、というぐらいの理由で運用資金を預けるわけにはいかないだろう。しかし新しいイノベーションを期待してスタートアップを支援するように、イノベーティブな運用を期待し、新興/独立系運用会社を育てることはあってもいい。また長く資産運用会社で経験をつんだベテランが、そのキャリアパスとして独立し自らのファンドで、やりたかった運用を実現できるということは、運用者全体の多様性と質的向上にもつながるだろう。運用規模が小さければ、時価総額の小さい企業への投資が向いており、多くは運用手数料も高いアクティブ運用を行う。経営者に熱心にエンゲージメントを行い企業価値を高めるには、そのほうが効率は良い。日本企業全体の底上げには必須のプレイヤーだ。
一方で小さな運用会社には、大手に比べレギュレーションの動向や、新しいイニティアティブを学ぶ機会も得にくいだろう。様々なオペレーションやクライアントへの報告も、運用の規模が小さければ小さいほど、コストは相対的に高くつく。なんらかの外的なサポートがなければ限界がある。
EではなくIで考えよう
このような背景から、金融庁のEMPプログラムには大いに期待したい。アセットオーナープリンシプルがスタートすれば、原則を受け入れたアセットオーナーからなんらかの機会が提供されるかもしれない。ところでその時だが、EMPの”E(新興)“を、”I(独立)”にしてみるのはどうだろうか。新たに立ち上がることも重要だが、最も重要なのは”企業価値の発見”や、”投資先企業に対するエンゲージメントによって価値向上を求める役割”であるのだろう。そうすると新興だけではなくベテランの知見も必要だ。つまりは独立系のファンドが活性化することが求めていたことではないのだろうか。何はともあれ今後もこの政策が、ますます注目され議論が高まることを期待したい。
執筆者三井千絵 (オリジナル記事も)