AO: アセットオーナー AOP: アセットオーナー・プリンシプル

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豊かな老後を目指して

 8月28日、内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局はアセットオーナー・プリンシプル(以下、原則)を発表した。7月に実施したパブリックコンサルテーションで、寄せられたコメントをもとに最終化されたものだ。これは昨年12月に内閣官房から発表された資産運用立国実現プランの「資産運用業の高度化とアセットオーナーの機能強化」の1つの取り組みだ。同政策プランには他にも新興運用業者促進プログラム(日本版EMP)が盛り込まれており、この二つは原則の中で新興運用業者への投資の考慮を促すなど互いに連動している。同プランは、少子高齢化とインフレへの備えが求められる中、豊かな老後が送れるよう国民に投資への知識や意欲を持たせ、一方で国内の資産運用業を強化するという国策で、NISAやiDeCo、金融教育や中立的な投資助言の見直しと共に取り組まれている。前編ではアセットオーナー・プリンシプルについて取り上げる。

アセットオーナー・プリンシプル、運用の目的

 岸田首相は2024年1月23日、ゴールドマン・サックス・グループが香港で開催したグローバル・マクロ・カンファレンスにビデオメッセージをよせ、「アセットオーナーシップの改革を進める」と表明した。2024年3月「新しい資本主義実現会議 資産運用立国分科会」の下に、「アセットオーナー・プリンシプルに関する作業部会」が設置され、当原則策定の作業が始まった。これには金融庁だけでなく、財務省、厚生労働省、経済産業省、文部科学省など“アセットオーナー”と呼ばれる機関を管轄している省庁が関わった。最終化された原則をみると、原則1はアセットオーナーに“運用の目的”を持つことを求めている。最も基本的で重要なことを、シンプルに述べている。続けて原則2はそのための専門知識をもつこと、として専門性の高い人材獲得/育成計画や、外部の知見を登用することも含めて考えるよう求めている。

そして、原則3は“運用を委託する場合は、利益相反を適切に管理しつつ最適な運用委託先を選定する”ことだ。その補充原則では「運用委託先の選定に当たっては、過去の運用実績等だけでなく、投資対象の選定の考え方やリスク管理の手法等も含めて総合的に評価すべきである。その際、知名度や規模のみによる判断をせず、運用責任者の能力や経験(従前の運用会社での経験等を含む)を踏まえ、検討を行うことが望ましい。例えば、新興運用業者を単に業歴が短いことのみをもって排除しないようにすることが重要である」と、他と比較してやや力の入った書き振りで、ここが最も伝えたいところなのかと感じさせられる。原則4は、加入者等、ステークホルダーへの情報開示の重要性について述べられており、原則5で自らあるいは運用委託先のスチュワードシップ活動の重要性と投資先企業のサステナビリティへの配慮を述べている。

海外投資家はポジティブに評価

 しかし、この動きは当初日本のガバナンスの取り組みに詳しい海外の投資家を困惑させた。日本には既に金融庁が2014年から開発・導入しているスチュワードシップコードがあり、2024年6月末現在334団体が署名している。内、アセットオーナーといわれる機関は108団体だ。なぜこのコードではダメなのか、という疑問を持っても不思議ではない。

 “アセットオーナー”とは幅広く、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のような公的年金もあれば、大学基金などもある。企業年金、信託銀行や生損保もアセットオーナーあたり、それぞれ所轄官庁が異なっている。それらに横断的に一つの考え方をもたらすには、まずは “原則”を共有するというアプローチは合理的だ。またスチュワードシップコードの役割と違うのか、という点については、日本がスチュワードシップコードの導入時から、お手本としてきた英国でも、スチュワードシップコードとは別に、年金規則という形でコードを支えるものがあった。日本の年金に関する規則等にはみられないもので、年金基金に運用者の選択や、投資先企業の環境や倫理、ガバナンスに対する考慮、また運用者の選択や評価など必要なスキルについて言及されていた。日本がスチュワードシップコードの開発に取り組んだ頃、筆者が英国でヒアリングをすると、英国の投資家の中にはこの年金規則について言及し、これがあるからスチュワードシップコードが機能する、とコメント をされたことがあった。今回の原則はこの年金規則によく似ている。

 パブリックコンサルテーション中の7月に年次大会を開催していたグローバルな投資家団体ICGNは、短い通知期間であったのにもかかわらずコメントレターを送付した(日本のパブコメは海外に比べてコンサルテーション期間は短い)。大会に参加していた投資家は概ねこの原則案にポジティブであった。しかし、英国の経験から、ガイダンスやベストプラクティスなど理解を広めるための取り組みの必要性について指摘していた。また重要な点として、この原則施行後のフォローアップ体制の必要性や、アセットオーナーに受け入れのモチベーションを高めるため、正しいインセンティブを働かせるための助言についても触れられていた。

普及と今後求められる取り組み

 一般的に言えることだが、このような原則を作っただけでは、それを普及させることは難しい。アセットオーナーがこれらを適切に理解し実務に適用していくための次のアクションが重要だ。日本には他国に比べ、アセットマネージャーをレーティングしたり、アセットオーナーの選択や評価をサポートしたりするサービス提供者も限られている。英国などでは、アセットオーナーとアセットマネージャーがともにESGの課題などを議論する場が多くある。それらも様々なサポートビジネスや民間の投資家団体などによって生まれたものもある。アセットオーナー・プリンシプルを生かし、この国の資産運用市場を活性化するためには、いろいろなレベルの取り組みが必要だろう。日本のアセットオーナーに対する取り組みはまだまだ入り口にたったところであり、引き続き多くの関係者の協力が望まれる。

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後編に続く

執筆者三井千絵