(こちらは、スチュワードシップ研究会のブログに掲載した記事を再掲載したものです)
資産運用立国
2023年6月16日、政府は「骨太方針2023」を閣議決定し「資産運用立国」という政策プランを始動した。それについてはさまざまなところで語られているが、主な骨子は、NISAやiDeCoといった個人年金の抜本改革、金融教育や中立的な投資助言などの見直し、資産運用会社・アセットオーナーのガバナンス改善や体制の強化だ。これらは現在の日本における最重要課題だろう。少子高齢化、世界的にもインフレ率が高まっているにも関わらず、日本では家計に占める投資の割合はいまだ低い。国民年金や厚生年金だけで豊かな老後を送ることは難しいとなれば、国民になんとか投資への知識や意欲を持たせ、一方で国内の資産運用業を強化するという取り組みは必須だ。
「骨太方針」に先立ち4月に発行された「資産運用業高度化プログレスレポート2023」は、その日本の資産運用業の課題として、運用のクオリティや販売、また顧客側(アセットオーナーや個人)を取り巻く問題等を挙げている。運用のクオリティについては、経営体制、運用の透明性やガバナンスについて言及している。多くは金融機関の系列で独立系が少なく、またパッシブ運用が圧倒的で運用会社の収益が低くなりがちであること、資産運用会社に期待する企業価値の発見や、投資先企業に対するエンゲージメントによって価値向上を求める役割が十分に果たせていない、といったことが指摘されている。
極端にいうと、日本の大手運用会社の多くは金融機関の子会社であるため系列の中で運用をし、それぞれが海外に比べ運用規模が小さく、競争が機能していない。その結果運用のクオリティが向上しにくいということだ。その解決策として、独立系の運用会社の必要性を説いており、グローバルの運用会社の参入をうながす政策の必要性を挙げている。
本稿ではこの資産運用業の強化の問題だけに注目し取り組むべき課題について取り上げたい。
独立系資産運用会社に対する期待
国民の年金を背負う資産運用業に対して、高い収益力と、投資先企業に企業価値を高めるエンゲージメントを期待する。そのためにプログレスレポートが指摘した中で、最も取り組むべき点は運用会社の独立だ。プログレスレポートだけでなく、骨太方針、またその後の資産運用に関するタスクフォースでもそれは触れられており、主に海外の独立系の進出のハードルを下げる施策が議論されている。日本固有の規制や制度が進出のハードルになっているという仮説だ。それはそれで正しいだろう。ただ願わくば、日系の運用会社も、国内の制度が良いと思っているかどうかを議論に加えて欲しいと思う。そもそも制度がグローバルスタンダードに合っていれば、バックオフィスの業務を合理化し収益力を挙げられると思っているかもしれない。
運用会社の独立、あるいは独立系運用会社が「資産運用立国」に有益な理由は、他の産業の場合と同じで、競争産業にするということだろう。日本の大手運用会社の多くは系列の中で運用をし、系列の金融機関に投信を販売してもらっている。親がおらず、系列金融機関等がいなければ厳しい競争に向かい合うだろう。そうして、効率を求め運用額を大きくするために合併を行い、海外のように大規模な資産運用会社が生まれやすくなるのではないか。プログレスレポートが指摘する、親会社から経営者が送られてくるという現在の事象は、グループの運用であれば当然かもしれない。外資を誘致するのも良いが、既存の運用会社の将来をどのように考えるか、そのビジョン作りが先に必要ではないだろうか。少し違うケースではあるが、例えば地方銀行が県をまたいで合併を進めたように、運用会社同士が系列から外れ互いに合併して独立色を高め、次に顧客の獲得を目指して競争する、という道もあるのではないだろうか。
非常に少ない国内の運用会社の独立
もう一つの独立系についての日本の問題は、国内で独立する運用会社が少ないことだ。
2022年11月に発表された経済政策「新しい資本主義」の主要な取り組みに「スタートアップ育成」が掲げられており、資産運用立国でもスタートアップへの資金提供の活性化もスコープに入っている。スタートアップには新しい技術やアイディアの素早い実現や市場に対する新たな刺激が期待されている。同じことは資産運用業界にも言える。運用会社を設立し自らの理想の運用を実現する運用者が増えれば、資産運用業界の活性化が期待できるだろう。しかし国内では運用会社の独立が非常に少ないという点は、2020年の最初の「資産運用業高度化プログレスレポート」から毎年指摘されている。金融庁や東京都はここ数年、助成金や免許申請のサポートといった支援を始めており、それらを活用し以前よりスムーズに運用会社の設立ができた、という事例も出てきている。
しかし独立を果たすことが難しい最大の理由は、顧客がいない、ということだと多くの関係者は指摘する。国内のアセットオーナーは、AIJ事件以降保守的になり、独立を予定している、あるいは独立系の運用会社の提案に耳を傾けることはほとんどないと言われている。それは独立系だけではなく、ESG投資やインパクト投資のような新しいタイプの運用も同様に、顧客を見つけることが難しくなっている。この問題は資産運用立国でも意識されており、2023年10月2日、岸田首相は日経サステナブルフォーラムで、アセットオーナーに求められる役割を明確化した「アセットオーナー・プリンシプル」を、来年夏をめどに策定する、と述べた。その後、金融庁でタスクフォースが立ち上がり、これらの議論が行われている。しかし独立系運用会社、ESG・インパクト投資といった新しい運用が受け入れられないのは意識だけの問題だけだろうか。
本当の資産運用業活性化に向けて
日本のアセットオーナーは意識が低いのではなく、過去の運用成績や運用体制に対するこだわりが強いという指摘もある。その為、独立系や、ESG投資のような新しい運用先・運用手法を選ぶことに後ろ向きで、例えば「ESG投資は社会に良いことかもしれないが収益を犠牲にする」という考えが根強い。
しかし気候変動の影響と思われる災害や農作物・漁獲状況の変化はアセットオーナーも一生活者として気がついているはずだ。企業に対し、脱炭素や生物多様性といったサステナビリティのリスクの特定とその対応を求めるのは、単なる規制ではなく、企業の収益力や事業の持続可能性の問題と認識されつつある。そうなれば、資産運用もこれまでのやり方だけではなく、、サステナビリティのシナリオをもとにした指針を持つ必要がある。つまり新しいやり方を始められる独立系にも(ESGやインパクト投資にも)チャンスがあるタイミングだということだ。
グローバルにはアセットオーナーとアセットマネージャーが共にサステナビリティのテーマについて議論し、リスクやインパクトを特定し、関連業界の投資方針の共有を促す投資家団体の議論がいくつか出てきている[i]。個人の予想ではなく、地域の政策や国連のイニシアチブにあわせ、企業に対応を求めるエンゲージメントを行うアセットマネージャーが嗜好されるケースが増えている。
今、本当に力を入れるべきは、国内でもアセットオーナーとアセットマネージャーで、産業ごとのサステナビリティに関するリスクやインパクトを共有し、これからの投資について議論を行う場をもっと増やすことではないだろうか。また足元、日本企業の多くが海外売上高を伸ばしている。(2021年JBICアンケートによると回答企業平均34.9%)従ってその議論は、国内だけではなくグローバルのシナリオにあわせたものである必要があるだろう。
[i] 投資家団体で、特定のESGのテーマについてリスクやインパクトを議論している団体として、AIGCC、FAIRR、Access to Medicine、 Asian Research Engagementといった活動がよく知られている。昨今は特定のテーマに注目した数社によるコラボレート・エンゲージメントなども見られる。
執筆者三井千絵 (オリジナル記事も)