(こちらは、スチュワードシップ研究会のブログに掲載した記事を再掲載したものです)
資産運用立国と資産運用会社の起業
2023年6月「骨太方針2023」が閣議決定され、「資産運用立国」が始動した。主な骨子は、個人年金の抜本改革、金融教育や中立的な投資助言などの見直し、資産運用会社・アセットオーナーのガバナンス改善や体制の強化だ。少子高齢化が進む中、国内の資産運用業を強化するという取り組みは必須だということは、前回のブログでも取り上げた。「骨太方針」に先立ち4月に発行された「資産運用業高度化プログレスレポート2023」は、その日本の資産運用業の課題として、運用のクオリティや販売、また顧客側(アセットオーナーや個人)を取り巻く問題を挙げた。国内の資産運用会社は、ほとんどが金融機関の系列で、系列の中で運用をし、系列の金融機関が投信を販売する。それゆえ海外に比べ運用規模もそれぞれ小さく、競争が機能しづらい。その解決策として、独立系の運用会社の必要性を説いており、グローバルの運用会社の参入を促す政策の必要性を述べている。
10月から議論が始まった資産運用に関するタスクフォースでも独立系の重要性は引き続き注目され、海外の独立系が日本に進出する際のハードルを下げる施策も議論された。一方で新たに起業する運用会社、スタートアップの運用会社の必要性も取り上げられた。ところで、2022年11月に発表された経済政策「新しい資本主義」では、主要な取り組みとして「スタートアップ育成」が掲げられ、「資産運用立国」でもスタートアップ企業への資金提供の活性化もスコープに入っている。スタートアップには新しい技術やアイディアの素早い実現と、市場に対する新たな刺激や活力が期待されている。同じことは資産運用業界にも言える。スタートアップの運用会社には、新しい運用に取り組み、意思決定を早く行い、一つあるいは少数の顧客の利益と自らのインセンティブを完全に整合させた運用を行うことができるだろう。このようなスタートアップの運用会社も、国内では他国に比べ非常に少ないという点は、2020年に発行された最初の「資産運用業高度化プログレスレポート」から毎年指摘されている。
資産運用会社起業の困難
金融庁や東京都はここ数年、資産運用会社の起業を支援しようと、助成金や免許申請のサポートに取り組んでおり、以前よりスムーズに運用会社の設立ができた、という事例も見られ始めた。
しかし、それらのハードルが少し緩和しても、独立を果たすことが難しい最大の問題は未だ変わっていない。企業の場合と同じで、“お金を出す人がいない”、ということだ。国内のアセットオーナーは、AIJ事件以降保守的になり、独立を予定している、あるいは独立系の運用会社の提案に耳を傾けることはほとんどない、と言われている。それは独立系だけではなく、ESG投資やインパクト投資のような新しいタイプの運用も同様で、アセットオーナーを見つけることは非常に難しい。この問題は、やはり「資産運用立国」でも認識されており「アセットオーナー・プリンシプル」導入といった議論もある。しかし年金基金など、その先にさらに最終受益者を抱えるアセットオーナーにとっては、起業したばかりの運用会社を受け入れるのは、意識だけでの問題ではない。たとえばプリンシプルの議論を通じ、アセットオーナーにとっての長期運用の重要性に精通できるかもしれないし、系列外の運用会社の良さもより理解するかもしれないが、スタートアップの運用会社に対して評価を行う眼力をつけるには、なお時間もかかるだろう。
米国のケース、小型のアセットオーナー
それでは海外ではスタートアップの運用会社は、どのようなアセットオーナーが受け皿となっているのだろうか。
米国の場合、もともとスタートアップが評価されるという社会的土壌もあるが、アセットオーナーの種類が多い、と米国で起業5年目の運用会社に勤務するM氏は思っている。米国ではファウンデーションやファミリーオフィスが自ら資産運用を行っている場合が多い。スタートアップの資産運用会社に向くアセットオーナーは、他人の資金を預かる年金のようなアセットオーナーではなく、規模的にも資産のタイプとしても“ファミリーオフィス”型のアセットオーナーだと感じている。
「たとえば企業のファウンダーなどが引退し、自らがもっていた自社株を手放してアセットオーナーとなる、こういうケースは新興のアセットマネージャーに向いていると思う」かつてのスタートアップ企業が十分に成長したのち、その成果によって生まれたファンドが、次はこれからのスタートアップ運用会社を育てるということか。
日本でも最近IT産業などで急速に成長した企業のファウンダーが、自社株を大量に持って引退する事例もでてきているだろう。しかしこのようなケースは、信託銀行などのウエルスアドバイザー・サービスに委託してしまうケースが多いのではないだろうか。それは海外でも同じだろうが、ここでかつての起業家精神を発揮し、アセットオーナーとして第二の起業をするのはどうだろうか。
求む! アセットオーナーのスタートアップ!
また米国では政府機関としてPBGC(Pension Benefit Guaranty Corporation)は2015年からSmaller Asset Manager Program (SAMP)というプログラムを実施している。このプログラムは有色人種や女性が経営する資産管理会社なども挙げられているが、小規模の資産管理会社に機会を創出することを目的としている。カルパースなどいくつかの公的年金では、スタートアップのアセットマネージャーを育成するプログラムも実施している。スタートアップを育てるということは、どの業種でも市場の成長のためには重要だ。少し異なるが、日本ではここ数年、投資信託に一定の割合まで非上場企業への投資をまぜるクロスオーバー投信の運用が可能となるよう、金融審議会でも議論が行われてきた。これも目的はスタートアップ起業に資金供給したいということだけでなく、投資信託側もそれによってより、長期に成長する企業に早いうちから投資をすることによって長期の収益を確保することができる。つまりはスタートアップを選ぶのは、スタートアップの支援だけではなく、アセットオーナー側にも、新しい運用や、小さな組織による効率的な業務、起業による高いモチベーションを一定の割合まで導入することによって、収益の向上が期待できるはずだ。
そして同様に、スタートアップのアセットオーナーは、早い意思決定のもと、新しい運用にもチャレンジしやすいだろう。もちろん一定の知見やアセットマネージャーに対する監督能力は求められるが。
日本でも、自らの資産を委託するだけではなく、ファンドとして資産運用会社を自ら選ぶ、スタートアップのアセットオーナーに登場してほしい。その時には、そういったアセットオーナーを目指す資産家の集いや、教育機関も必要だろう。そこで行われる議論は日本の資産運用業界活性化の先陣となりえるのではないだろうか。
※スチュワードシップ研究会では、資産運用側の立場に立つ人々が対象です。アセットマネージャーだけではなく、アセットオーナーの参加も大歓迎です。
執筆者三井千絵 (オリジナル記事も)