(こちらは、スチュワードシップ研究会のブログに掲載した記事を再掲載したものです)

「資産運用立国」の政策プランには、官民連携して新興運用業者に対する資金供給の円滑化を図る目的の新興運用業者促進プログラム(Emerging Managers Program=日本版EMP)が盛り込まれている。あわせて金融庁では、各金融グループに新興運用業者を積極的に活用した運用を行うことを要請、各社が提出した対応方針をまとめて一覧化し、金融機関の「EMPに係る取組」としてそのHPで公表した。

日本版EMPの取り組みとしては、まず新興運用会社がエントリーすると金融庁HPのリストに載ることができ、日本生まれの新興運用会社として存在をアピールできる。マッチングイベントなども計画されているようだ。なぜこんなにEMを支援するのか疑問に思うかもしれない。しかし実はEMの支援は、海外では長く取り組まれている。

野村総合研究所が実施している独立系資産運用会社の活性化を目指したリサーチプロジェクトが5月20日に発行したレポートでは、15年以上前カルパースのEMPプログラムでファンドをスタートした事例が紹介されている。IFCでコーポレートガバナンスの専門家であった知見を生かし、カルパースの「新興国における中小型企業に投資をし、ガバナンスを向上させて企業価値を高める」という要件に応募し、ファンドを立ち上げた。数年経つと新興国ブームもありファンドが10倍にも成長したような体験談は、なかなか日本国内では聞くことができない。

ニューヨークのEMプログラム

米国にはそのようなEMプログラムがたくさんがあるが、今回はニューヨーク市の事例を紹介したい。

当該ホームページによると、ニューヨーク市退職年金制度(以下、簡略化のためにNYCRS)は約80万人の加⼊者と受給者にサービスを提供している。総運用資産は約2,530億ドル(2023年6月現在)で、⽶国で4番⽬に大きな公的年金制度となっている。ニューヨーク市教職員退職年金制度(TRS)、ニューヨーク市職員退職年金制度(NYCERS)、ニューヨーク市警察年金基金(POLICE)、ニューヨーク市消防年金基金(FIRE)、そしてニューヨーク市教育委員会退職年金制度(BERS)の5つの基金から成り立っている。ポートフォリオは主に外部のアセットマネージャーによって管理され、主に上場証券に投資されているが、プライベートエクイティ、不動産、インフラ、ヘッジファンド、オルタナティブクレジットにも配分されている。その中で、MWBE(少数⺠族および/または⼥性が所有する)と新興のアセットマネージャーによる運用を慎重に増やすことに⻑年取り組んできた。2023年6月現在、MWBEマネージャーに195億ドル(アクティブ運用資産の12.68%)を配分している。また新興マネージャーへは98.5億ドル(運用総資産の3.89%)となっており、前年の3.59%から増加している。

2008 年、NYCRSではMWBEブローカープログラムを設立した。2019 年には障害を持つ退役軍人所有の企業も含まれるように拡大され、現在はMW/DVBEブローカープログラムとなっている。少数⺠族、⼥性、障害を持つ退役軍人が所有および運営するブローカーが、公開株式/債券投資のアセットマネージャーのために、最良執行に従った売買をサポートするように求められている。

マネージャーの多様性、公平性、包括性

次にNYCRSは2015年、アセットマネージャーの多様性、公平性に取り組んだ。「投資プロセスへのDEIの統合は、多様性が意思決定を改善し、集団思考の限界を防ぎ、より良いパフォーマンスやリスク管理と関係しているということを示す広範な実証に基づいている」、「資産運用業界における多様性の欠如、人種、性別による富の格差は、受益者のためのリターンに対するリスクである」、とその活動で毎年発行されているレポートでも述べられている。この取り組みでは投資先企業自体の多様性の促進も目的とされている。もともと全てのマネージャーに投資先企業の取締役会の多様性促進などを求めDEI情報の報告を求めている。

NYCRSが、多様性のある新興アセットマネージャーの採用に注力している理由は、それがDEIの統合に役立つと考えるからだ。新興マネージャーのための年次カンファレンスを催し、資産クラス別のパネルディスカッションやスピードネットワーキングセッションを提供している。MWBEまたは新興マネージャーにとってこれらのセッションは、基金の新興マネージャープログラムの担当者や投資コンサルタントとコミュニケーションを行う機会になる。基金側からしても新たなマネージャーとのパイプラインを強化をすることができる。またNYCRSは、このようなMWBE/新興マネージャーをデータベースに登録しているが、その数はなんと1300人以上となっている。

NYCRSによると、過去の運用実績もベンチマークを上回っており、今後も継続して拡大を考えているという。前述のレポートでは次のように述べている。

「プログラムを拡大するという決定は、過去の好業績と、資産マネージャーの性別、⺠族、経歴、規模の多様性が年金ポートフォリオ全体の優れたパフォーマンスに貢献するという認識の両方によって推進されています。多様な新興プレーヤーを含むさまざまな資産マネージャーを採用することは、市場の変動や経済の変化に対する年金基金の回復力を強化することを⽬的としています。この戦略的動きは、年金受給者の利益のためにリスクを軽減し、⻑期的な収益を最適化する上で、バランスのとれた多様化されたポートフォリオの価値を認めるものであると考えています」

日本版EMPへの期待

米国の新興マネージャープログラムの目的は、その運用の多様性を求めるもので、DEIの投資への統合と同様、決して“救済プログラム”ではないことがわかる。その長期のパフォーマンスの向上とリスク削減のためである。

日本では、米国などと比べると “多様な”資産運用会社があるとはいいがたい。新興、独立系の資産運用会社は、少人数で始めることもあり運用規模も小さい。おのずと大手がカバーしずらい、小さな小さな企業を選び丁寧にエンゲージメントを行っているケースをみかける。現在東証に上場している企業はプライム市場でも、規模が小さいなどにより、主な機関投資家にカバーされていないであろう企業はたくさんある。このような運用会社が増えることで、市場全体にわたって運用が活発になる可能性がある。現在政府が取り組んでいるEMPはそこへの第一歩であろう。まだまだ小さな一歩ではあるが、今後この活動が大きくなっていくことが強く望まれる。

執筆者三井千絵 (オリジナル記事も)