EM 新興運用会社 EMP新興運用会社促進プログラム

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8月28日、内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局は資産運用立国実現プランの中で掲げられた、アセットオーナー・プリンシプルの最終版を発表したが、同政策プランには他にも新興運用業者促進プログラム(日本版EMP)が盛り込まれており、この二つは連動している。金融庁はこれまで金融機関に対して新興運用会社に関わる取組を求めてきたが、6月7日これに応じ対応方針の発表を行なった金融機関の「EMPに係る取組」の一覧をHP上に公表した。6月21日には業界団体を通じて、新興運用会社を一覧化したリストが、金融庁HPで公表された。

なぜ国は新興運用業社促進に力をいれるのか

2020年から公表されている資産運用業高度化プログレスレポートでは、日本の資産運用業の課題として、多くは金融機関の系列で独立系が少ない、パッシブ運用が圧倒的で運用会社の収益が低くなりがち、資産運用会社に期待する企業価値の発見や、投資先企業に対するエンゲージメントによって価値向上を求める役割が十分に果たせていない、といった課題を挙げ、新興の運用会社の支援や、グローバルの運用会社の更なる参入を促す政策の必要性を指摘してきた。

“独立系が少ない”ことがなぜ問題なのかについては、一般的には系列の金融機関と顧客との“利益相反”の危険性の指摘があり、アセットオーナー・プリンシプルにもそのような文言が記されている。ただ、プログレスレポートで指摘された”投資先企業の・・・価値向上を求める役割が十分に果たせない”とする要因として注視すべきはむしろ金融機関の子会社であるため主にグループの中で運用をし、それが海外に比べ運用規模を小さくし、競争を十分に機能させない可能性ではないだろうか。資産運用会社が金融機関の子会社であるというのは日本に限ったことではないし、逆に金融機関にとって資産運用部門は必要だ。問題はそれしか選択肢が無いということだ。その結果、運用の多様性も生まれにくくなり、企業価値向上のための強力なエンゲージメントを行う動機も、高まりにくくなるのではないか。

独立という選択肢が少ない日本

「XXXアセットマネジメントを離れることに決めた。知人とファンドを立ち上げることになったから」というような連絡を、海外の投資家から受けとることは珍しくない。そして彼らの多くは、ESGやインパクト投資といわれる独自の評価手法やデータを用いた運用にチャレンジしたりする。資産運用のアントレプレナーたちだ。上記のリストの中で、その名称から上場株に投資をしていると思われない団体も合計して36社。後述のある米国の受給者80万人の公的年金のEMPには1300社がリストされている。

野村総合研究所が進めている独立系資産運用会社の活性化を目指したリサーチプロジェクトが5月20日に発行したレポートでは、15年以上前にCalPERS(カリフォルニア州職員退職年金基金)のEMPプログラムでファンドをスタートした事例が紹介されている。IFC(国際金融公社)でコーポレートガバナンスの専門家であった知見を生かし、CalPERSの「新興国における中小型企業に投資をし、ガバナンスを向上させて企業価値を高める」という要件に応募し、ファンドを立ち上げた。CalPERSが当初出資した額は約300億円であったが、数年経つと新興国ブームもあり、新たな顧客を得てファンドは3000億円にも成長した。このような体験談は、なかなか日本国内では聞くことができないが、米国にはこういった基金によるEMPプログラムが、新興/独立運用会社を支えている。

それでは、米国の年金基金はなぜEMPプログラムに取り組むのだろうか。

EMPは運用の多様性のため

ニューヨーク市退職年金制度(以下、「NYCRS)という)は約80万人の加入者と受給者にサービスを提供している。総運用資産は約2,530億ドル(2023年6月現在)で、米国で4番目に大きな公的年金制度となっている。NYCRSは、MWBE(少数民族および/または女性が所有する)と新興のアセットマネージャーによる運用を増やすことに長年取り組んでいる。2023年6月現在、MWBEマネージャーに195億ドル(アクティブ運用資産の12.68%)を配分している。また新興マネージャーへは98.5億ドル(運用総資産の3.89%)となっており、前年の3.59%から増加している。

目的はアセットマネージャーの多様性、公平性に取り組むことだ。「投資プロセスへのDEIの統合は、多様性が意思決定を改善し、集団思考の限界を防ぎ、より良いパフォーマンスやリスク管理と関係しているということを示す広範な実証に基づいている」、「資産運用業界における多様性の欠如、人種、性別による富の格差は、受益者のためのリターンに対するリスクである」、とその活動で毎年発行されているレポートでも述べられている。この取り組みでは投資先企業自体の多様性の促進も目的とされている。もともと全てのマネージャーに投資先企業の取締役会の多様性促進などを求めDEI情報の報告を求めている。

NYCRSが、多様性のある新興アセットマネージャーの採用に注力している理由は、それがDEIの統合に役立つと考えるからだ。新興マネージャーのための年次カンファレンスを催し、資産クラス別のパネルディスカッションやスピードネットワーキングセッションを提供している。MWBEまたは新興マネージャーにとってこれらのセッションは、基金の新興マネージャープログラムの担当者や投資コンサルタントとコミュニケーションを行う機会になる。基金側からしても新たなマネージャーとのパイプラインを強化することができる。またNYCRSは、このようなMWBE/新興マネージャーをデータベースに登録しているが、その数はなんと1300人以上となっている。NYCRSによると、過去の運用実績もベンチマークを上回っており、今後も継続して拡大を考えているという。

日本版EMPへの期待

米国の新興マネージャープログラムの目的は、その運用の多様性を求めるもので、DEIの投資への統合と同様、決して“救済プログラム”ではないことがわかる。その長期のパフォーマンスの向上とリスク低減のためである。

日本では、米国などと比べると “多様な”資産運用会社があるとは言い難い。新興、独立系の資産運用会社は、少人数で始めることもあり運用規模も小さい。おのずと大手がカバーしづらい、小さな企業を選び丁寧にエンゲージメントを行っているケースを見かける。現在、東証に上場している企業はプライム市場でも、規模が小さいなどにより、主な機関投資家にカバーされていないであろう企業はたくさんある。このような運用会社が増えることで、市場全体にわたって運用が活発になる可能性がある。現在政府が取り組んでいるEMPはそこへの第一歩であろう。まだまだ小さな一歩ではあるが、今後この活動が大きくなっていくことが強く望まれる。